ぶんたくのプロフィール

雑記・ブログ

はじめまして!
運営者のぶんたくといいます。

名前の由来は「文系出身のエンジニアたく」の略です。”たく”は学生時代のあだ名ですw
文系でも胸を張ってコーディングできるぞ!という意味を込めて、buntaku.comというサイト名にしました。

当ブログでは、文系出身の方向けのプログラミング習得方法、事務職からエンジニアへの転職体験、フリーランスエンジニアとしての生き方、起業から事業売却までの道のりなどを紹介していこうと思っています。

実は社会人になって数年経つまで、プログラミングとは全く無縁の生活を送っていました。

しかし、現在は自分で立ち上げた会社を売却、資産にも余裕ができ、趣味エンジニアとしてまったりコードを書いて過ごしています。

「え、一体どうやって?」

と頭に浮かんだあなたに、私の経歴を簡単に紹介します。

ごく普通の学生時代から社会人へ

中高はテニス部に所属し部活漬けの毎日を過ごしていました。地元からそう遠くない大学に進み、何となくつぶしが利きそうという漠然とした理由で、経済学部を専攻しました。大学卒業後は、東証一部上場の大手製造メーカーで、事務系の仕事に付きました。職場は最近よく聞くようなブラック労働ではなく、楽しく社会人生活を過ごしておりました。

職場の後輩

社会人3年目のある日、新卒で入ってきた後輩から、

 

「先輩、どうしてこの作業は必要なのですか?まだ紙で作業しているのは効率悪くないですか?」

 

と聞かれました。今まで特にこの作業の意味を考えずに、淡々とこなしていた私は、

 

「とにかく必要なんだよ。ここはそういう部署なんだ。ほら、書面に目を通して問題なければ、右上に自分の印を押し、〇〇担当の印をもらうんだ。その後は〇〇主査から、〇〇部長は今はいないから、すぐ横の〇〇秘書に代理で押印してもらって。この書類は他部署にも回覧されるから、今日中にお願い。」

 

と伝えました。後輩は少し納得いかない顔を浮かべていましたが、すぐにその作業に取り掛かってくれました。

後輩が転職!?

それから半年後、後輩が退職することがチーム全体に共有されました。その時は、

 

(就職してすぐに東証一部上場企業を辞めてしまうなんて、なんだか勿体無いなぁ。)

 

と頭に浮かびました。

 

その月末に、近くの居酒屋で後輩のお別れ会が開催されました。

約半年と短い勤務期間でしたが、明るい性格の彼は人望も厚く、多くの同僚が会に参加しました。

 

「せっかく入った会社、どうして辞めてしまうんだ?」

 

私は酒に酔っていたのか、思い切って聞いてしまいました。すると彼は、

 

「大学で仲のよかった友達が最近ITベンチャーを立ち上げたんです。受託中心ですが一期目から売上は順調で、この調子だと数年で生涯年収を稼げそうと言っていました。なぜそんなにも利益率がいいのか考えていたのですが、秘密はプログラミングにありました。ITは製造業と違って原材料費がほとんどかからない。また新興企業が多いので、従来の無駄なやり方にこだわらず、クラウドやディープラーニングなど、生産的な手法を常に取り入れています。」

 

(確かにうちの会社には無い風土だ。。。)

 

「しかし、〇〇君はプログラミングには明るくないと思っていた。そこからどうやってIT企業に転職することに?」

 

「その友達に影響を受け、帰宅後や週末の空き時間を使ってプログラミングを自主学習しました。最初はHello Worldもできませんでしたが、少しづつ技術を習得し、最終的に転職サイトに登録、面接までこぎつけることができました。面接では、文系出身で大丈夫かと聞かれましたが、その場で出されたコーディング問題を解いてみせると、納得してくれ、その都内のIT企業に転職することになりました。転職先の会社の知名度は無く、最初は両親も心配してましたが、プログラミングをこれからも追求していきたいことを伝えると、納得してくれました。」

 

彼がいつもチームの中で早めに帰宅していた理由が、そのときわかりました。

お別れ会が終わって、家でスマホを開いて彼が転職した企業を検索して驚きました。求人の募集要項には、未経験でも当時私が働いていた会社より年収が約150万円も上だったからです。当時の会社で給料を上げるには、同僚より成果を残し昇級試験に合格しなければなりませんでした。それを今後、何度も繰り返していけるだろうか。。

私もやってみよう

それからです。私もプログラミングをやってみようと思いました。恥ずかしながら、パソコンを持っていなかった私は中古でMacBook Airを購入しました。大学在籍中は家で卒論を書くためにノートPCを所持していましたが、社員寮に入寮するときに処分していました。

 

平日、電車での通勤中はプログラミングの書籍を読み、会社から帰宅後はオンラインのプログラミング教材を使い、週末はプログラミング教室に通い、html、css、Ruby、Python、Cと少しづつ習得言語を増やしていきました。この頃にはブログのような簡単なWEBサイトも自分で作れるようになりました。

エンジニアへ転職

ある程度知識を身につけたところで、転職サイトに登録しました。当時の仕事は前述の通り事務系でしたが、エージェントと面談を重ねていく中で、技術職、その中でも製造業の知識を生かし、ハードウェアITベンチャーにて組み込みエンジニアに転職することができました。入社して感じたことは、常に効率化を意識しているということです。コード仕様策定、コーディング担当分担、コードレビュー、マージ作業など、全ての工程でいかに無駄を無くすかをチーム全体で考えていました。2年も経つ頃には、プロジェクトのコード全体を見渡せるようになりました。

フリーランスエンジニアへ

より多くのプロジェクトに関わりたい、また自分の時間を見つけて技術をもっと磨きたいと思い、フリーランスエージェントに登録、自分のスキルで獲得できる案件があることを確認した後、プログラマーとして初めて就職した会社を退職し、フリーランスエンジニアになりました。

事業を立ち上げる

お客さんに直接サービスを提供したい、これまで身につけた技術で大きな挑戦をしたいと思い、自分自身でスタートアップを立ち上げました。完全自己資本、かつ社員も5名以下で事業を大きくすることはできませんでしたが、度々メディアに取り上げられていたこともあり、設立三期目に中堅クラスのITベンチャーに売却しました。

現在

現在はこれまでの経験を生かして、スポットでコンサルティングや技術開発のお手伝いをすることもあれば、案件の合間は、一ヶ月ほど自主学習に当てたり、自分のペースで活動しています。また空いた時間にPythonでビットコインの自動売買ボットを作ったりして、趣味コーディングを楽しんでいます。

最後に

ぶんたくの自己紹介は以上になります。

もし、文系出身の方でフリーランスエンジニアの働き方に興味を持たれましたら、お気軽にご相談ください!

 

 

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